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外国人「1832年、名古屋から東京に向かう日本の帆船が遭難し3人がアメリカまで漂流したことがあったらしい」 海外の反応

今日学んだこと「1832年、名古屋から東京に向かう帆船が嵐にあい遭難した。1834年、現在のワシントン州のある場所にたどり着き、14人の乗組員のうち3人が生存した。

(海外の反応をまとめました)






■ リンク先は読みごたえがある。
そして同じくらい印象的なのは日本に入国(密かに)した初のアメリカ人の話が含まれているところ。

■ そして彼の名前はラナルド・マクドナルド - 史上最高のファストフードマスコットの起源の物語だ。

■ 私の町に彼の像がある - マクドナルドからそう離れてないんでちょっと紛らわしい。




■ フォートバンクーバーの国立史跡のビジターセンターに行くとこの船の碇とその歴史を説明する板を見ることができる。



■ フォートバンクーバーの責任者が日本語と中国語の文字の違いが分からず、数か月の間、皆が彼らのことを中国人だと思ってたというのも面白い。



■ ジョニー・キャッシュがアメリカに上陸した日本人を追った1983年の映画海嶺に主演してる。




■ 彼らは難破して何千マイルも漂流してアメリカの西海岸に漂着して、東海岸経由ではなくもと来た道を戻ってロンドンに送られ、それからマカオに送られたのか。とんでもない量の船旅だな。しかも日本に帰れてないし。

■ 1830年代には北米を横断するより世界一周してロンドンに行く方がはるかに早かったんだろうね。

■ リンク先にはマゼラン海峡って書いてあるから、もと来た道を戻ったのではないと思う。ハワイに立ち寄ったというのはおかしな選択だと思うけど。1830年代の船乗りじゃないんで分からないな。おそらくハワイに行けばロンドン行きの定期便があったんだろう。

■ 潮流の仕組みでハワイは素晴らしい休憩所になってる。




■ 私はシンガポール人で、この船員の墓からそう遠くないところに住んでる…山本音吉またはジョン・マシュー・オトソン。彼は現在、日本人墓地に埋葬されている。彼はそのことを快く思ってはいないんじゃないかと思う。第二次大戦の戦争犯罪で知られる人たちの隣に埋められることを。



■ 短いセーリングに出て嵐に吹き飛ばされて太平洋横断する羽目に…キャー!



■ この映画はないの?



■ もう一つ、もっと有名な事件があって、以下の本で語られている。一つクールなのはこの日本人が描いた絵が保存されていたこと。
Amazon.com: Drifting Toward the Southeast

万次郎はやがて帰国し、日本の外の世界についての大きな情報源になった。

■ 最初の日本人がハワイに(偶然)やって来た話も面白い
1806年5月5日、最初にハワイ王国に到着した日本人として記録に残っているのは稲若丸で70日以上漂流した生存者たちだった。稲若丸は漂流しているところをコーネリアス・ソール船長のアメリカ船に助けられ、ソール船長は8人をカメハメハ1世に預けた。
王は日本人の世話をカラニモクに任せ、彼は50人の男たちに家を建てさせた。…建設には4日かかり、料理人と二人のガードが割り当てられた。異民族の男たちを見るために群衆が集まった。
8人は帰国を決断し8月17日、パーシビアランスに乗りハワイを出航した…が、5人がジャカルタで病で亡くなり、長崎への航海(1807年6月17日到着)でもう一人が亡くなった。
鎖国時代の日本では出国は違法であり、残された二人の生存者は投獄され尋問された。一人は自害し残された生存者平原善松は1807年11月29日に帰郷を果たし、広島の大名に召喚され彼の漂流記を語った。彼は6か月後に亡くなった。




■ 将軍の設定の逆バージョンみたいだ…あれは素晴らしいシリーズだった。



■ 素晴らしい物語だ!投稿ありがとう。日本がこのころ鎖国してたってのをほんの週間前に知ったよ。



■ フォートバンクーバー国立公園にはこの3人の船員の記念碑がある。彼らは先住民によって発見されバンクーバー/ポートランド地域のハドソン米貿易会社の出先機関に送られた。



■ 

彼は本国送還の申し出があったが拒否したと言われている。彼はキリスト教徒の墓に埋められた。2004年、彼の遺体は掘り起こされ火葬された。翌年、美浜町の使節がシンガポールを訪れ遺灰の一部を持ち帰った。


あまり詳細は書かれてないけど、これは音吉に対して失礼なことのように思える。彼は日本への帰国を拒否し、異国の地で結婚し家族を持つことを選んだ。政府が売名行為のために死者の思いを覆すみたいな感じだ。



■ 黒潮は荒々しい。ヨーロッパ人はそれを発見するまで太平洋を航海して帰ることができなかった(アンドレス・デ・ウルダネータ)。



■ 船員たちは日本に帰れたの?



■ ロサンゼルスからサンディエゴに車で行こうとして結局ブエノスアイレスに行ってしまうみたいなもんか。

ソース1

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[ 2021/02/18 09:10 ] 日本 | TB(0) | CM(11)
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[ 194884 ]
残忍な日本人らしい逸話が多く残されています
[ 2021/02/18 10:20 ] [ 編集 ]
[ 194885 ]
>>1
事故とは言え結果出国しちゃったら違反になって処刑されるのは当たり前だと思うんですけど
[ 2021/02/18 10:32 ] [ 編集 ]
[ 194886 ]
ジョン万次郎やアメリカ彦三は時代が幸いして
幕府や明治政府に重宝された
[ 2021/02/18 10:42 ] [ 編集 ]
[ 194887 ]
>194884麻薬系は知らない内に荷物に入れられてしまい運び屋にされて
それで死刑になったりする国が今でもあるぞ
中国とかでこれで勾留されっぱなしとかな
本人に非が全くなくても死刑にされるのは現代でも存外普通のこと
[ 2021/02/18 11:57 ] [ 編集 ]
[ 194889 ]
基本的に外人の伝聞はデタラメが多いので
ちゃんとした知識をwikipediaで補完しましょう
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E5%90%89
[ 2021/02/18 12:11 ] [ 編集 ]
[ 194890 ]
本人は日本への帰還を切望していたが、異国船で日本に帰ろうとすると、日本から砲撃され帰れなかった。その後諦めて上海に居を構え結婚もし、後日長崎奉行から帰国を促されてももう帰らなったらしいが、息子には必ず日本に行くように遺言し、混血の息子はその通りにして日本に骨をうずめた。まだ音吉の子孫が日本にいるらしい。
諸事情あって帰国はかなわなかったけど、本当は帰りたかったんだよ。
[ 2021/02/18 12:47 ] [ 編集 ]
[ 194892 ]
>ちゃんとした知識をwikipediaで補完しましょう
いや、本を読みなさい。
[ 2021/02/18 13:11 ] [ 編集 ]
[ 194893 ]
>彼はそのことを快く思ってはいないんじゃないかと思う。第二次大戦の戦争犯罪で知られる人たちの隣に埋められることを。
臭っさ
[ 2021/02/18 13:31 ] [ 編集 ]
[ 194895 ]
> 皆が彼らのことを中国人だと思ってた

今と変わってないね。
[ 2021/02/18 14:49 ] [ 編集 ]
[ 194896 ]
>彼はそのことを快く思ってはいないんじゃないかと思う。第二次大戦の戦争犯罪で知られる人たちの隣に埋められることを。

日本人でこの考え方する人まずいないよ。戦争の一兵卒なんて国や上に従い従軍してんだけだよ。戦争なんだと思ってんだろ。一兵士が隊の規規律反して戦争犯罪してて有名とかならともかく、兵士一個人に対し物を思うわけないじゃん。それも未来の末裔を。
[ 2021/02/18 15:06 ] [ 編集 ]
[ 195160 ]
>彼はそのことを快く思ってはいないんじゃないかと思う。第二次大戦の戦争犯罪で知られる人たちの隣に埋められることを。

だったら、コロナで世界中の人間をコロした
中国人の隣には、誰もいないな(笑)

シ⚪︎チース
[ 2021/02/22 13:55 ] [ 編集 ]
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